ゲーム依存症を規制するのならば、どうしてスポーツ障害がやり玉にあがらないのか

香川県がゲーム依存症のために、平日を60分に、休日を90分に規制するという条例案が波紋を呼んでいる。

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香川県の条例だから他県の人間である私がどうこういうものでもないが、それにしたっておかしい話である。だってもっと目の前にある問題の対策をしていないじゃないか。

青春とかいう言葉に置き換えられた依存症

今日、野球肘やサッカー膝、突き指、骨折などなどの大量の怪我・障害を生み出しているスポーツは、一日に何時間も練習をすることが美徳とされ、甲子園のように神聖な場所を生み出し、青春という言葉で老若男女に共感を呼んでいる。

運動性無月経になるほど追い込んでインターハイに出たと思ったら、ホルモンバランスが崩れたのか、大学で成績が泣かず飛ばすとなってしまったケースもメディアでいつも見る。ちらほら見る。高校のコーチはこういう問題にしったことか、大学が悪いとか言うんだよ(もちろん大学側は高校が悪いといい、責任の押し付け合いになっているわけだ)

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素晴らしい成果を出す将来のアスリート候補がもてはやされる影では、スポーツによってもたらされた怪我や病気に一生かかって付き合わなければならないほどの重い障害を残すものもいるわけである。

スポーツの体へのダメージは無視で良いのか?

今日のスポーツへの依存とも言えるほどの長時間・長期間の体へのダメージは見て見ぬ振りなのだ。ゲームの依存症と、スポーツ障害の規模を比べても、前者のほうが取り上げられて立法にやり玉に上がるまでなるのはかなり不公平だと思う。後者はたくさんのアスリートが問題にしたり、メディアに取り上げられてるのに。

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この、スポーツの残している影をいつまで大人は見て見ぬ振りをするのか。スポーツ障害という社会問題になっているはずの事案を、いつまで見逃しているのか。ゲーム依存症でごまかして他の問題を放置するのはやめるべきだ。

オリンピックイヤーであるのだから、関心を向けるべきでは

スポーツは素晴らしい。しかし、嫌な思いしてスポーツから離れていく人たちを見逃すべきではない。もうオリンピックイヤーである。スポーツの魅力を発信するためには、スポーツ障害に目を向けては如何か。なぜゲーム依存症だけが槍玉に上がるのか。